kg_noguの愚痴日記

アラfi親爺が日々の愚痴を綴るブログです。だいたい日韓関係とか。最近はコロナ情報がメイン

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 観ました ――

最近、ようやく近所のレンタルビデオ店に、
ソフトが揃うようになったので。
夏休みだし、思い切って、全巻まとめ借りして一気に観ました。



で、感想。
『観ない方が良かったかなぁ……』
ってのが、
率直な評価ですね。
ネット空間とかで感想を当たると、
酷評が多いのですけど。
その気持ち判るわぁ……
前作の、
宇宙戦艦ヤマト2199』が、
とても良くリメイク出来ていたので。
その期待を、
この
宇宙戦艦ヤマト2202』に持ち込むと、
物の見事に裏切られます。
これはなぁ、
原因はハッキリしていて。
シナリオが……『宇宙戦艦ヤマト』になっていないんですよ。
宇宙戦艦ヤマト』のフォーマットを理解していない。
というか、
無視したシナリオ運びで物語を作っているから。
旧作
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』ファンの目からすると、
『何じゃコリャ!?』って理解不能な物語になるのですね。
それに、
旧作ファン、という条件を抜きに観ても、
物語の結末は、ちょっと理解に苦しむ内容になってますし。



多分、
今回の『宇宙戦艦ヤマト2202』に携わった主要スタッフは、
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』が
『特攻賛美の全滅シナリオ』という評価を与えられていた点に着目にして。
この印象を払拭しようとしたのでしょうけど。
だから、
最終話で、
『英雄神話』を否定する、バカみたいな演説シーンまで盛り込んだのでしょうねぇ。
でもさ、
それが根本的な間違い、なんですよね。
旧作、
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』を特攻賛美の作品としてみている人、
ってのは。
表層的なところしか見てないんですよ。
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』
の本質的なテーマは、
特攻ではなくて。戦争の本質を描こうとした意欲作なんです。
それを
わかりやすく表現している作品が最近登場しています。
進撃の巨人』です。
あれの20巻。
そのエピソードが、
まさに『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の本質を
テーマから
物語の構造から、
そっくりそのまま現しています。
エルヴィン団長が部下を率いて戦死する場面ですね。



彼我の圧倒的な戦力差、
それゆえ、
勝利するためには犠牲を前提にした作戦しか立てられない。
その中で、兵士は己の役割に徹して勝利のために命を捨てることも厭わない。
というか勝利のための死を強制される、という展開。
日本人はこれを
すぐに『特攻賛美』と結びつけたがりますけど。
それは日本人の傲慢ゆえで。
日本人である己自身の存在、感性を
『特別視』したいが故に出てくる発想、と言えます。
というのも、
ここで取り上げた内容は
戦争映画を観てれば古今東西
どこの国の作品でも、出てくるテーマなんですよ。
アメリカ製作の戦争映画、反戦映画に出てきますし。
ロシア(ソ連)作品にも出てきます。
勝利のための道具として、
歯車に徹することを求められる、
『兵士の悲哀』なんですね。
それが、
旧作『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』のテーマだったわけです。
そのためには、
犠牲を前提にした作戦しか立てられない、ような追い詰められた状況。
彼我の絶望的な戦力差。
これが物語の絶対的な前提条件なんです。
これは、
前作の『宇宙戦艦ヤマト2199』にも共通していたテーマ……
というより。
宇宙戦艦ヤマト』という作品シリーズに共通したテーマなんですよねぇ。
宇宙戦艦ヤマト』のシナリオの要諦は、
彼我の絶望的な戦力差、と。それを覆す勝利を、
観客が納得出来る範囲の中でどうやって成立させるか。
その点に尽きるのです。
それなのに……



何を勘違いしたのか、
宇宙戦艦ヤマト2202』では、
この、
彼我の絶対的な戦力差で追い詰められた絶望的な状況、と。
兵士の死が、完璧に乖離して。
『なぜそこで死ぬの?』という場面で、
キャラクターがバタバタと死んでいく、という物語構成になっています。
激戦の中で
戦死する徳川機関長は、山本航空兵は……
まだなんとか、戦闘描写の演出としてシナリオ的にも納得出来る範囲なのですが。
ガミラス兵のキーマンと、斉藤曹長の戦死は、
その場の思いつきでの行き当たりばったり結果オーライな内容で、
あれこそまさに『特攻賛美』そのものな内容なのですけど。
その場で死に急がなく無くても、
きちんと体制を立て直して作戦を立てたら、
死なずに済んだ可能性だってあり得たわけですから。


旧作
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』では、
そうした兵士が死ぬ『必然』を作るために、
そのためにだけに徹底して物語を動かしていました。
それに比べると、
宇宙戦艦ヤマト2202』は、
要らない要素が多すぎる……というか。
彗星帝国、巨大戦艦の代わりに
最後に現れた『箱船』とか。
あれなど、何がどうなっているのか、
まったく判らない存在で。
それが突然目の前に現れて、戦いを強要されても、
感覚的には
『ゾンビか宇宙怪獣を相手に戦っている』ようなもので……
明らかに、
内容が
宇宙戦艦の戦闘の範疇を
越えてしまっているんですよ。
それを、
宇宙戦艦ヤマト2202』で見せられてもねぇ。
観客が観たかったものとは、明らかに違っているわけで。
観客からしたら、
『シナリオが破綻している』
としか言い様がない、印象なんですよねぇ。
それが物語のクライマックスになっているのですから。
観客は、
消化不良になりますよねぇ。