SNSを見ていたら、
突然、
タイムラインに
このニュースが表示されて驚きました。
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昨日まで、
活動報告とか色々出ていたんですけどねぇ。
具合が悪いとか、
そういった
『予兆』を感じさせる報告は一切なくて。
いつもと大差の無い一日だったのに……
こればかりは、
神様じゃないと判らないものだなぁ。
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競馬に興味ない人たちには
まったくもって、
『何ソレ?』的なニュースなんですけど。
オグリブームから
ディープインパクトの活躍まで、
日本競馬の到達点をリアルに見てきた
おっさん世代にとって、
この馬の記憶は
感慨深いものがあります。
日本馬(日本のオーナーに買われて調教された馬)で
欧州G1レースを初制覇したのは
シーキングザパールなんですけど。
レースの知名度、
そして
馬の知名度で、
競馬ファンとしては
やっぱり
タイキシャトルのレースが海外初G1制覇的な
イメージが強いんですよ。
アメリカで買い付けた馬だから、
外国産馬なんですけどね。
競走馬として
本格的な育成を施したのは日本において。
日本人が
日本のやり方で育てて。
その馬が、
鞍上も日本人騎手で。
それで
海外有名G1レースで
外国の競走馬を堂々と破って一着を獲る、という。
日本の競馬ファンにとっては
長年の夢だった
オールジャパン的な一丸となって海外に乗り込み
勝利をつかみ取った、
栄光の一頭。
ついにやったぞー! って、
当時は、
そんな印象でした。
本当に。
今では、
日本産駒の競走馬が
海外で育成されて。
それが
名だたるG1レースを制覇する、という。
当時では
考えられなかった状況になっていて
隔世の感がありますけど。
それも、
この馬が
最初の扉を開いたからこそなんだよなぁ、
と。
なんというのかな、
日本競馬だって世界に負けてないぞ。
と、
自信が持てるようになった。
ファンに
そう思わせてくれた馬でしたね。
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引退してからは、
たまに
のんびり愛らしい姿が動画で公開されていて。
現役当時の面影とはまた違った魅力に溢れていて。
それも
もう見られなくなってしまい、
とても残念です。
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数々の夢をありがとう。
安らかに眠れ……
タイキシャトルが老衰により28歳で死亡 日本競馬史に名を刻む「最強マイラー」
1998年のJRA賞年度代表馬を受賞するなど数々の輝かしい実績を残し、日本が誇る「最強マイラー」として知られるタイキシャトルが、8月17日の午前5時ごろ死亡した。28歳だった。同日、引退馬協会がホームページ上で発表した。
馬房には荒れた様子もなく、寝ている間に安らかに旅立ったものと思われ、獣医師の死亡診断でも、老衰による心不全とのことだったという。
タイキシャトルは父Devil's Bag、母ウェルシュマフィン、母の父Caerleonという血統。通算成績は13戦11勝(うちGIを5勝)。引退後は種牡馬となり、メイショウボーラー、ウインクリューガー、サマーウインド、レッドスパーダ、ゴールデンキャストなどの重賞馬を送り出した。
残した主な実績は下記のとおり。マイル以下を主戦場とした競走馬が年度代表馬を受賞、ならびにJRA顕彰馬に選定されるのはともに史上初のことだった。(※現在の馬齢表記に準拠)1997年 マイルCS(GI)制覇
1997年 スプリンターズS(GI)制覇
1998年 安田記念(GI)制覇
1998年 ジャックルマロワ賞(仏G1)制覇
1998年 マイルCS(GI)連覇達成1997年 JRA賞最優秀短距離馬
1998年 JRA賞年度代表馬
1998年 JRA賞最優秀4歳以上牡馬
1998年 JRA賞最優秀短距離馬(2年連続)
1999年 JRA顕彰馬