kg_noguの愚痴日記

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これはなかなか難しい…… ── 朝鮮人虐殺「事実関係を把握できる記録ない」と松野官房長官が発言

これ、
『虐殺』という言葉の定義を、
ジェノサイドと混同して使っている、というか
誤って認識している人がいまだにいたりして。
その感覚で判断すると間違えてしまう典型例かなぁ、

私的には
松野長官の発言はそのように感じています。



で、
言葉の定義『ジェノサイド』と『虐殺』がどう違うのか、
なんですけど。
語感、語彙では
虐殺=ジェノサイド(genocide)的な受け止め、解釈で
今でも混同している日本人が見られますが。
大量殺人を
『ジェノサイド』として誤った、というか
ひどく誇張した記述、表記で用いていて混同していたり。



ところが
英語では
厳密には全く別物でして。
ジェノサイド(genocide)は
大量虐殺という、
『大量』がつく解釈になっていて。
英語だと
無数の人間を殺害した、という意味を明確に持たせる語義になっています。
数字でいうと、百人を超えて千人も超えて数えきれないくらい。って感覚ですね。
さらに併せて
『特定集団(民族とか人種とか)殺害』とか、
特定集団を破壊根絶させる意図での手段としての殺戮です。
その一方で、
『虐殺』は
英語ではslaughterという解釈になっていて。
これも大量殺人なんですけど、
この場合、
感覚的には単独犯が殺せるくらいの数です。
多くて数十人とか。ものすごく多く見積もっても100人くらい、
百人、千人を超えるくらいの数量になると、
slaughter単独で表現できる範疇を超えるかなぁ、
という語義です。
そして、
ジェノサイドとは異なり
対象集団を破壊根絶する意図などは含まれません。
ただし、
単に『殺害する』というのではなくて
『屠殺』的な、
差別、迫害的なニュアンスを含んだ殺戮という意味を持ちます。
差別、迫害がエスカレートした暴力行為の結果として殺傷に至った場合、
とか。
日本語では
『虐』を『しいたげる』と読みますが、
日本語の
『虐殺』は
『しいたげてころす』ニュアンスで使われる場合が多くみられます。
無抵抗な弱者に対するリンチ的な暴力での殺害、
という点に着目した語義ですね。
なので、
殺されたのが一人でも、
差別的な暴力が過激化して殺害されてしまった場合とか
マジョリティーがマイノリティー
集団で攻撃して殺害に及んだ場合とか、
戦闘員が非戦闘員を殺害した場合とかには
『虐殺』という表現が用いられます。
逆に、
戦闘員が無抵抗の非戦闘員を殺戮しだだけではジェノサイドとは表現しません。
迫害されて殺害されても、
それだけでジェノサイドには当たりません。
虐殺とジェノサイドは、
そのくらい
大きな違いがあります。
ただ、
言葉は生モノなので幅がありますし。
例外も出てきますけどね。



ここら辺の言葉の語義、感覚において、
虐殺とジェノサイドは決定的に異なっているのですが、
いまだに
虐殺=ジェノサイドと誤って混同していたり、
虐殺とは
マジョリティーがマイノリティーを集団暴行によって殺害した場合に使う言葉、
という
認識というか知識を持っていないと。
『虐殺はありませんでした』って言ってしまうんですよねぇ……



とまあ、
偉そうなことを書いてみましたのけど。
実は
私も以前は
『虐殺』と『ジェノサイド』を同一視していました。
それで、
なんか変だな、話が噛み合わないな、と
色々と調べてみまして。
それで
上にまとめた見解を知った次第です(汗



それで、
何が言いたいのか。というと、
『虐殺』って
かなり日常的な言葉……になってしまったんですよ。
たとえば、
中国の天安門事件で、
軍隊が人民を殺害した件とか。
アレは
日本語的に
『中国軍が人民を虐殺した』と表現しても
間違いにはなりません。

戦闘員が無抵抗な逃走する非戦闘員を殺戮していた記録がありますから。
あの事件での
軍隊による民間人殺害は
日本語では『虐殺』という表記になりえます。
そのくらい
日本語の『虐殺』は語義が広い、というか。

 

 

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