この方が
表舞台で活躍していたのは、
全盛期で言えば、
いまから50年以上も前の
私が生まれる以前の事になります。
私が知るそのお姿は
すでに円熟期に入ってからのもので。
今回
訃報の中でしばしば出てくる
『水戸黄門』役は晩年、
表舞台を去る寸前の作品になります。
なので、
私の親のさらに親の世代ですね。
私が見たのは、
この方の晩年に近い作品ばかりでしたけど。
私の中では
穏やかな好々爺、という印象でした。
目立った
一目でわかるような強さはないのですけど。
ここぞという場面で
目が離せない存在感というか、
引きつけられる迫力がある、
というか。
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『水戸黄門』を観ていた時は、
その理由がわかりませんでしたけど。
今回、
訃報に接して
この方の半生を探ってみたら。
前半生というか、
戦前生まれで、
壮絶な戦中体験をしてこられた方だったのですね。
私が感じていた妙な迫力は、
そのときの経験が基になっていたのか、
と思ったり。
こんな風にして
気づかされることもあるのだなぁ。
と思って、
ちょっと、
いや
かなり心を動かされたので。
今回
このブログに書き込みました。
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まあ、
ご当人にとっては
野次馬のゲスな勘ぐりなので。
迷惑千万な話なのでしょうけど。
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謹んで
ご冥福をお祈りします。
3代目水戸黄門役、俳優の佐野浅夫さん死去 96歳、「泣き虫黄門」
TBS系時代劇「水戸黄門」の3代目黄門役などで活躍した俳優の佐野浅夫(さの・あさお)さんが6月28日、老衰のため死去した。96歳だった。葬儀は家族で営んだ。
横浜市出身。日大芸術学部在学中の1943年に劇団苦楽座に入ったが特攻隊に配属。戦後は新協劇団や劇団民芸で再建に加わった。93~2000年にTBS系時代劇「水戸黄門」で3代目の徳川光圀役を演じ、庶民のつらさに接して涙を浮かべ、怒りに変える姿は「泣き虫黄門」として親しまれた。NHKラジオ「お話でてこい」では、08年まで50年以上にわたって自作を含めた童話の語り部も務めていた。
所属事務所によると、今年5月中旬に肺炎で入院。6月上旬に退院していたが、京都市の自宅で容体が急変したという。