kg_noguの愚痴日記

アラfi親爺が日々の愚痴を綴るブログです。だいたい日韓関係とか。最近はコロナ情報がメイン

「エセ平和主義」とはなんぞや

久しぶりに、バカ丸出しの記事を読んだので、書き込みします。
規約が面倒なので、記事のリンクはしませんけど、
「エセ平和主義」「安全保障」で検索したらひっかかると思いますので、
気になる人は見てみてください。
産経グループには、首相の記者会見で噛みついて中国で一躍、時の人になった記者もいますけど。
狂人を雇うのが社風なのでしょうか。
もっともらしい理屈のようなものを書いてナショナリズムを煽っていますが、
その実、中身がまったくない売国奴の戯言です。安全保障がまったくわかっていません。
その内容についてですが、
初段に出てくる「エセ平和主義」〜の下りですが。
日本が「起きてはならぬことは起きない」「起きてほしくないことは起きない」と信じ、安全保障に関し思考停止したまま、反省も回復もせぬまま、今に至ったのは、戦後に導入された「エセ平和主義」のせいだそうです。
本気でこんなことを信じているとしたら、ジャーナリストとして不勉強もいいところです。
近・現代史をもういっぺん勉強し直したほうがよいですね。
支那事変から太平洋戦争へ突入する流れを少しでも勉強したら、「起きてはならぬことは起きない」「起きてほしくないことは起きない」と信じ、安全保障に関し思考停止したまま、反省せぬままにアメリカとの戦争に至る過程を、過去の事実として、目の当たりにできますよ。
この官僚病ともいうべき悪弊が、すでに明治政府の頃から存在していたことは、
歴史を少し勉強すればすぐに手に入る知識です。
いったい、この記事を書いた人は何を学んできたのでしょうか。
さて次に、
『「エセ平和主義」の毒性はすさまじく、日本人から、国家主権を守るという民族の根幹をも喪失せしめた』
のくだりについて、
これついては、色々と人によって見解が分かれるところ、
歴史をどう見るかによって評価がわかれるところなのですけど……
私の意見を書きますと、
日本人が国家主権を守るという手段を放棄したのは、
「エセ平和主義」などというような曖昧な物が原因ではなく、
太平洋戦争での戦勝国であり、日本を占領したアメリカがそのように望み日本を作り替えた結果です。
日本が、国家主権を守る行動を取る場合に、大きな問題となるのが、憲法に規定された交戦権の放棄です。
この成立過程については、
いろいろな立場から主張がありますけども、
占領時のアメリカ政府、GHQの意向が強く反映されたものであることは、間違いありません。
アメリカは戦勝国の立場から、
日本を武装解除し、軍隊を解散し、反戦教育を施し、
アメリカにとって都合のいい害のない国に、日本を作り替えたのです。
日本が国家主権を守るべき武力行使手段を持たないのは、
(現在では自衛隊を持っていますけども……)
戦争に敗北した、日本がその代償を払った結果です。
沖縄基地問題もそうですが、
敗戦国が支払うべき代償を、今もなお払い続けているのが、日本の現状である、というのが私の認識です。
なので、そのことをすっ飛ばして、一人前の国家らしく主権を守れ、とか言われても、
私としては非常に眠たい議論に聞こえます。
さて、
記事の中でその次に出てくるのが、フォークランド紛争の話ですけど。
戦勝国であるイギリスの立場から記事を書いて、いったい何を伝えたいのでしょうかね。
安全保障を本気で論じるなら、
勝った場合など論外で、負けた場合にどうなるのか、そこから考えねばなりません。
勝てば、リスクなどほとんど存在しないので、後はどうとでもなります。
リスクが顕在化するのは、負ける場合です。
安全保障を真剣に議論するのなら、最悪の事態から始めなければなりません。常識です。
戦勝国の被害など並べたところで、安全保障の上ではさして意味はありません。
なぜなら、
勝利がすでに担保された状態など、安全保障には存在しないからです。
安全保障とは、不確定な現実の中で国家の安全を確保することを意味します。
フォークランド紛争の話を出すのなら、
イギリスがどれだけのリスクを覚悟し、見込んだ上で、
開戦に踏み切ったのか、それを書くべきでしょう。
この記事に書かれている論調では、
「起きてはならぬことは起きない」「起きてほしくないことは起きない」という、
見たい物しか見ていないエセ平和主義そのものです。
冒頭で自ら否定した命題を、結びに持ってきてまとめるなど、論旨が破綻しています。むちゃくちゃです。
これでいったい何を伝えたいのでしょうか。
イギリス軍の英雄的行為でしょうか。
さすが産経です。よくわからない記事を書かせたら、並ぶ者がいませんね。